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第三章 義理堅い彼

Author: 海野雫
last update Huling Na-update: 2025-09-07 19:00:07

 翌日の午後三時。

「なぜ俺は、あの公園に向かっているんだ?」

 俺は自分の足を見下ろした。会社の帰り道、気がつくと川沿いの公園へ向かう遊歩道を歩いている。理性では「意味がない」と分かっているのに、どうしても足が公園へ向かってしまう。

 昨日から、蓮のことが頭から離れない。デスクで資料を読んでいても、あの真剣な眼差しが脳裏に浮かぶ。コーヒーを飲んでいる時も、頬を赤らめて照れる表情が思い出される。そして何より--。

「君を見つけられて幸せだ」

 その言葉が、胸の奥でくすぶり続けている。まるで心臓の奥に小さな火種が灯ったように、じわじわと熱が広がっていく。

 会社では同僚の佐伯が「藤崎さん、なんか顔色よくなったんじゃないですか?」と声をかけてきた。そんなに分かりやすく顔に出ているのだろうか。鏡を見ても自分ではよく分からないが、確かに昨日の夜はぐっすり眠れた。離婚してから久しぶりのことだった。

 秋の風が頬を撫でていく。川面には数羽のカモが浮かび、のどかな午後の風景が広がっている。こんな平和な場所で、俺は何を期待しているのだろう。

 本当に来るのだろうか。それとも、昨日のことは一時の気の迷いだったのだろうか。

 ベンチに座って川面を眺めていると、規則正しい足音が近づいてくる。昨日と同じ時刻、同じリズム。その足音を聞いた瞬間、胸がふっと高鳴った。振り返ると、黒いコートに身を包んだ蓮の姿が目に入った。

 今日の蓮は昨日よりも身なりが整っている。髪も整えられていて、コートの下には白いシャツが見える。まるでデートの準備をしてきたかのように見える。でも、もしかしたら単なる気遣いなのかもしれない。

「来てくれたんですね」

 蓮の声に、明らかな安堵が混じっている。昨日よりも緊張しているのか、コートのボタンを無意識にいじりながら近づいてくる。その仕草がなぜか可愛らしく見えて、思わず心の中で苦笑してしまった。男性を可愛らしいと感じるなんて、自分でも驚きだった。

「はい。なんとなく、ですが」

 俺は正直に答える。なぜここに来たのか、自分でもよく分からなかった。ただ、一人でいることに疲れていたのかもしれない。それとも、もう一度あのまっすぐな瞳を見たかったのかもしれない。昨日の夜、ベッドに入ってからも蓮の言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

 蓮は昨日と同じように、適度な距離を保ってベンチに座った。しかし今日は、その距離が少しだけ近い気がする。風に乗ってくる蓮の香りには、石鹸のような清潔さが感じられる。

「昨日は突然すみませんでした。もう少しちゃんと説明すべきでした」

「いえ……でも、確かに驚きました」

「そうですよね。いきなり知らない人に『君を探していた』なんていわれたら、普通は怖いと思われてもおかしくない」

 蓮は苦笑いを浮かべる。その表情が昨日よりもずっと自然で、親しみやすく見えた。緊張しているのは俺も同じなのに、なぜか蓮といると心が落ち着く。

「昨日の夜、何度も考えたんです。どうやって説明すれば藤崎さんに理解してもらえるか」

「考えてくれていたんですか」

「はい。だって、俺の一方的な想いだけで藤崎さんを困らせたくないですから」

 その言葉に、俺の胸が少し温かくなった。自分のことを考えてくれる人がいる。それだけで、どれほど救われることか。

「あの、もう少し詳しく教えてもらえませんか? どうして俺を?」

 蓮は少しためらうような素振りを見せてから、深く息を吸って口を開いた。その表情から、これから話すことが蓮にとって大切な記憶なのだと分かった。

「実は、僕たちは以前に一度だけ会ったことがあるんです」

「え?」

「三年前の話ではなく、もっと最近です。藤崎さんの奥さん……元奥さんの美奈さんを通じて」

 美奈の名前が出た瞬間、俺の胸がぎゅっと締め付けられた。まだ心の傷は癒えていないのだろうか。離婚から二週間経った今でも、美奈のことを思い出すと胸が痛む。でも、それは愛情ではなく、失敗への後悔なのだと最近は理解している。

「美奈の?」

「はい。僕は警備会社で働いているのですが、一年半ほど前に美奈さんがフリーライターとして僕の会社を取材されたことがあって。その時、藤崎さんも資料の受け渡しで一緒にいらしていました」

 記憶を必死に辿る。確かに美奈は「現代の警備業界―テクノロジーと人間の協働―」という特集記事を書いたことがあった。俺も編集者として同行し、専門用語の確認や資料の整理を手伝った覚えはあるが、蓮のことはまったく記憶にない。あの頃は仕事に集中していて、周りのことをあまり見ていなかったのかもしれない。

「すみません、覚えていなくて……」

「当然です」

 蓮の表情に、かすかに悲しげな色が浮かぶ。 

 「僕はその時ただの現場警備員でしたし、ほんの数分お話ししただけですから。制服を着ていたので、きっと印象にも残らなかったでしょう」

 その寂しそうな表情を見て、なぜか胸が痛んだ。見知らぬ人の悲しみに、こんなにも心が動く自分が不思議だった。もしかすると、俺も同じような経験があるからかもしれない。誰かにとって印象に残らない存在になってしまうことの寂しさを。

「でも、その時の藤崎さんの笑顔が忘れられなくて」

「笑顔?」

「美奈さんが取材で困っていた時、藤崎さんが『大丈夫、きっとうまくいくよ』って優しく笑いかけているのを見たんです。その笑顔が……本当に自然で、心から相手を思いやっていることが伝わってきて」

 その時の状況をぼんやりと思い出す。確か美奈が警備システムの専門用語で混乱していて、取材が思うように進まなくて困っていた。俺が簡単な言葉で説明し直したり、資料を整理し直したりしたことがあった。その時笑ったのだろうか。美奈を励まそうとして。

「俺は……」

 蓮の声が微かに震えた。

「その時はとても辛い時期で。新人なのに大きなミスをして、先輩たちからの信頼を失い、同期からも距離を置かれて、もう警備の仕事を続けられないかもしれないと思っていました」

 蓮は一度言葉を切って、深く息を吸った。その横顔に、当時の苦悩が蘇っているのが見えた。俺にも似たような経験がある。新人の頃、大きなミスで周りに迷惑をかけて、居場所がなくなりそうになったことが。

「どんなミスだったんですか?」

「施設の巡回中に、重要な異常を見逃してしまったんです。幸い大事には至らなかったのですが、それが元で会社全体の信頼に関わる問題になってしまって」

 蓮の声が小さくなる。その時の屈辱や自己嫌悪が、今も彼を苦しめているのが分かった。

「毎日『辞めろ』と言われるわけではありませんでしたが、周囲の視線が冷たくて、自分の存在価値が分からなくなっていました」

 俺は蓮の横顔を見つめた。今の落ち着いた雰囲気からは想像できないほど、当時は追い詰められていたのだろう。

「そんな時に、藤崎さんのその自然な笑顔を見て……なんだか救われた気がしたんです。世界にはまだ優しさがあるんだと感じました。人を責めるのではなく、支えようとする人がいるのだと」

 俺は言葉を失った。自分の何気ない笑顔が、誰かをそんなふうに救ったなんて。結婚生活の末期、美奈とはほとんど笑い合うことがなくなっていたのに。俺の笑顔が美奈を励ましていたのだとしたら、なぜ俺たちは離婚することになったのだろう。

「それから俺は、少しずつ立ち直ることができました。藤崎さんの笑顔を思い出すたびに、『自分も誰かを支えられる人間になりたい』と思うようになって」

「それで、今は?」

「おかげさまで、今は現場主任を務めています。あの時のミスがあったからこそ、以前よりも注意深く、丁寧に仕事ができるようになったと思います」

 蓮の表情に、静かな誇りが浮かんでいる。挫折を乗り越えて成長した人だけが持つ、深い強さがあった。

「でも、あの時の藤崎さんの笑顔がなかったら、俺は今ここにいなかったかもしれません」

 その言葉の重さに、俺の胸が締め付けられた。自分の小さな行動が、誰かの人生を変えることがある。それは怖さでもあり、同時に希望でもあった。

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